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RUNNING STORY AT CHAMPAGNE 聖地を巡る
華やかさの理由と真髄を探るべく、シュワリスタ、シャンパーニュ地方へ
岩瀬大二(d's arena)
バブル入社組。酒と女と旅を愛する編集プロダクション代表。世界最高峰の世界遺産はイタリア女だ! とローマのど真ん中で叫んだ経験あり。企業SP、WEBサイト、携帯メディアなどでエディター、プランナー、ライターとして活動中。
photo: NORICO
Vol.7
静かな日曜日
09.3.4 up

カレンダーの日曜日は、赤い字。 この赤い字が単なる週の始まりを示すだけの記号と無意識に感じはじめたのはいつからだろう。 友人は休みの日。 街は休日モード。 いつものように昼と夕方にやっている長寿番組。 多くの人が活動を止め、自分に帰る日。 それが日曜日。

日銭商売のライターとしての執筆の時間、 人が集まる休日や祭日はイベント取材。 僕のように、 多くの人が活動を止め、自分に帰る日が、仕事になっている人も多いと思うけれど、 それでも、本当は、日曜日は特別な日、何だと思う。

日曜日の朝、ランスにいた。 朝のランスの街を撮影して、昼には再びアイ村に戻る予定だった。 行きは車、帰りはランスとエペルネの間をゆったりと走る電車に乗る。 そんな予定。 11時にランス駅に戻って時刻表を見る。 電車がない。 朝と夕方には1時間に2本ほどある電車が、この11時から13時の間は1本もない。 なんて不規則な、と苦笑しながら、駅のカフェでくつろぐ。 窓の外、パリ東駅行きのTGVを見送っていると、店内にはバネッサ・ウィリアムスのPVが流れる。

ようやく電車が入線してきた。 エペルネ行き。 ランス〜エペルネ行ローカル電車。 鉄道好きでシャンパーニュ好きなら、これほどたまらない電車はないんだろうな、 でも、そんなの僕だけ? なんて一人で苦笑していると、 なぜか「世界の車窓から」のBGMが浮かぶ。単純。 最初に掲示されていた予定ホームと全然違うホーム。 入線の1分前のアナウンス。 これまたなんと不規則な。

ランス駅はクラシカルな外観とモダンなコンコースが見事に調和。 それほど大きな駅ではないけれど、シャンパーニュの玄関口として 不思議な存在感がある。

2両編成の電車は、とてもローカル線とは思えないモダン・デザイン。 のんびりとランスとエペルネの間、シャンパーニュを生み出す畑の中。 いくつかのグラン・クリュ畑、無名ながらきっと素晴らしいぶどうを生む畑。 その中を縫っていく。 乗客はこの車両には僕とカメラマンだけ。 隣の車両には15歳ぐらいの女の子とマダム2人組だけ。 冬とは思えない陽光が温かい。 時間の経過を忘れる。 電車は移動手段のはずなのに、移動しているという感覚がない。 マダムは3つ目の駅でおり、そこで若い男の子が乗ってきた。 電車がおとぎ話のようなアイ村駅に静かに滑り込む。 女の子もここで降りた。

アイ村駅から街への一本道。 ゆったり歩を進めて3分も歩くと橋がある。 そこにシルバーのルノーのセダンがやってきて、止まる。 女の子はそこに小走りに近づくと、車からは出迎えのパパが降りてくる。 きっとシャンパーニュ造りの関係者だろう。 田舎町、日曜日、誰ともすれ違わないこの田舎の道に、遠くからでも端正な雰囲気。 寄宿舎、パリの学校に通う娘を出迎える、そんな映画のようなシーン。

緑の河では水鳥たちが羽根を休め、 店は時を止めている。 聞けばあいている店は2つ。 ドラッグストア兼カフェとおばあちゃんがやっている小さなレストラン。 みんなが活動を止めている。 不便、という言葉が頭をよぎる。僕にとっては不規則な日常。 コンビニなんてない。ATMだってない。 でも教会はある。静かな時間がある。

洋館のようなアイ村駅。そしてそこからアイ村に向かう1本道。 工夫のない表現になるけれど…フランス映画の1シーンに出てきそうな道。

ランスからアイ村まで。 そしてこのアイ村で。 不規則なのは、都会でいつでも便利な時間が与えられ、活動を止める必要をなくした自分で、 何もない、静かな日曜日という日を、1週間の中で過ごすというこの地の人こそ、 まっとうな人生を歩めるのかもしれない、と感じる。

アイ村の畑を歩く。 静かな日曜日。 陽が西に傾く。 何も聞こえない。 静かすぎる、日曜日。 でも、僕が小さい頃。 こんな感じだった。 違うのは、晩ごはんの匂いが漂ってくることぐらい。 そういえば、日曜日は、カレーライスが定番だったかな。 西日、静けさの中で、シャンパーニュにいるはずなのに、 僕は昭和のあの頃を思い出していた。 プロ野球、巨人のV9が終わった年だった。

緑の川にゆったりと釣竿を垂らすご老人。 なにが釣れるのかはわからないけれど、釣ることよりも時間を楽しんでいる風情。

夜、街に明かりはない。 その中で、おばあちゃんのレストランの扉を開ける。 濃い豚のテリーヌと、あっさりしたアルザス料理を思い起こさせる一皿。 かざらないシャンパーニュグラス。 地酒ならぬ、地泡とでもいうのだろうか。 家庭的すぎるこの店。 第二次世界大戦、何人もの若人が死地に向かっていく時。 もしかしたら、この同じ味の温かい料理で送り出してあげていたのだろうか。

ツンデレ風のおばあちゃんの表情が緩んでいく。 良く飲む日本人だこと、そんな気持ちだったのかな。 優しくて深い笑顔。 何組かの親子で店がにぎわい始める。 ちびっこ2人を連れてきた壮年の客が、興味深かそうに僕らを見る。 彼らのいつもの日曜日に、不釣り合いな外国人。 そして彼の表情も柔らかくなる。 彼らのいつもの日曜日のちょっとしたスパイスになったような気がした。

男っぽい豪快な豚のテリーヌはおばあちゃん作。 こうやってシャンパーニュが並ぶと、気取らない地酒風になるから不思議。

変わらない、静かな日曜日。 ここで育つブドウたちも、彼らと同じように、 こんな静かな日曜日を過ごしているのだろうか。

明日になればブドウ畑を一生懸命に耕し、育む人々で畑に活気が戻る。 そのときブドウたちも活動をはじめ、 また日曜日に、彼らとともに静かな1日を過ごす。 だからこそ生まれるもの。

ま、妄想なんだろうけど(苦笑)

内蔵の煮込みもどこかお隣のアルザス、ドイツ風。 乳製品よりもお出汁を感じる風味に胃袋が喜びを。 シャンパーニュの聖地には素朴な田舎料理がある。

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