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RUNNING STORY AT CHAMPAGNE 聖地を巡る
華やかさの理由と真髄を探るべく、シュワリスタ、シャンパーニュ地方へ
岩瀬大二(d's arena)
バブル入社組。酒と女と旅を愛する編集プロダクション代表。世界最高峰の世界遺産はイタリア女だ! とローマのど真ん中で叫んだ経験あり。企業SP、WEBサイト、携帯メディアなどでエディター、プランナー、ライターとして活動中。
photo: NORICO
Vol.8
…その理由
09.5.22 up

最初は、サロン / ドゥラモットだった。シャンパーニュを愛するようになって、初めてシャンパーニュで門を開いたメゾンだ。この連載の初回も、ここから幕を開けた。

昨年訪問する前から、日本でのサロンの人気は高く、僕自身も、これほど美しいと感じたシャンパーニュはこれまでなかったし、儚げで、繊細で、こんなお酒の世界もあるんだな、と気付かせてくれた存在でもあった。でも、正直に言えば、ここまで熱狂してこのシャンパーニュを迎え入れるのは日本ぐらいなもので、身の丈からすれば不相応な価格で取引されているというのが、僕の印象だった。せっかくこれだけ素晴らしいシャンパーニュが、一部の富裕層に独占されるのは不本意。なんとか安定した価格で、手の届きやすいところにいてほしい。

実は、サロンだけではない。ほとんどのメゾンのプレスティージュクラスのシャンパーニュに同じ思いを抱いていた。愛する人に愛すべきものを。僕は、多少意地悪な質問も抱えてメゾンを訪問した。

「なんで高いの?」

それが、シャンパーニュに到着し、最初の訪問であるサロンで、聞くまでもない愚問なのかな、と肌で感じた。少量生産だから、ということをこの目で見た、そんな単純なことではない。もちろん、想像以上にこじんまりとしたカーヴ、手作業のラベル張り、東京23区内だってそれほど土地の確保が難しくなさそうな広さの倉庫を見れば、この量が限界なのはわかる。だけど、そんなことじゃない。この人たちはそれぞれが、世界マーケットに開いたシビアな酒ビジネスの中にいながら純粋にワイン造りの人たちなんだな、と感じたからなのだ。それは理屈でも実証データでもなく、ただただ僕が感じた空気としかいえないもの。「そんな印象なんか、誰のなんの役にも立たないだろう。でも、この地に立って、この空気を吸って…もう、そうとしか言いようがないんだ!」

サロンでは、エチケットひとつまで職人の厳しい目が光る。この場所も実にこじんまりしたスペースだった。

それでもやはり、一部のシャンパーニュは、身の丈ではない価格になっていると思う。それでもなお、真摯にシャンパーニュ造りに関わっている人々は全うな感覚をもっている。「私たちの手から離れた、市場価格はその希少性に与えられるもので、決して価格で、品質や個性が左右されるわけではない」おそらくそれが総意なのではないだろうか。時間をかけて、少量しかとれないもの。それが高くなるのは必然だ。その希少なものを市場が求めれば価格が上がるのは必然だ。

でも、ただそれだけのこと。グラン・クリュ単一区画のヴィンテージ・シャンパーニュがメゾンのひとつの崇高な到達点だとすれば、同じメゾンの定番キュヴェも、同じように崇高な到達点。その表現と努力に価格の高低などという、くだらない「セレヴリティ」の価値観は存在しない。定番のNVシャンパーニュを、安定した品質で安定した価格で供給すること。その凄みは、値段だけでリストからシャンパーニュを選び、くだらない見栄を満たすだけならば気づくことはできないだろう。

そしてワインという広い視野で見てみると、シャンパーニュの価格というのはいわゆる著名赤ワインなどと比べると、それでもまっとうなところにある。ワイン造りと離れた部分の、その精神性とはまったく違う、ただの欲望にまとわりつくビジネスがあまり存在しない。それがシャンパーニュを健全に支えているような気がする。

モダンな雰囲気で著名なサロンだがカーヴへの階段は歴史を感じさせるもの。その奥には垂涎のオールド・ヴィンテージが…。

シャンパーニュは誤解がつきまとうものかもしれない。こんな時代に、シャンパーニュ? いや、僕らは浮かれているわけではない、今の世の中を忘れて憂さを晴らしたいわけじゃない。イメージだけでシャンパーニュを語ってはいけない。それがこの地で、シャンパーニュ造りの人々と話した、最も強い想い。それは最初の訪問であったサロンからすでに始まっていた。セレブアイテムであることは否定しない。

しかし、朝の光の中でテイスティングをした、96のサロンと定番ドゥラモットの間にどんな差があるんだろう。どんな優劣があるんだろう。あるわけがない。表現の方法が違うだけなんだ。今、こんな時代だからこそ、その基本に立ち返ってシャンパーニュと向き合う。実は、とても幸せな季節の中に僕らはいるのかもしれない。

カーヴの中で静かに眠っていた97。そしてその奥にはこれからリリースされる新ヴィンテージたち。

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