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TOKYO SPARKLING STORY
煌めく泡が紡いでいくリアルストーリー…映画のようにドラマのように
岩瀬大二 (d's arena)
バブル入社組。酒と女と旅を愛する編集プロダクション代表。世界最高峰の世界遺産はイタリア女だ! とローマの真ん中で叫んだ経験あり。企業SP、WEBサイト、携帯メディアなどでエディター、プランナー、ライターとして活動中。
Vol.2
新宿〜麻布十番
06.12.18 up
ポメリーのフォールタイム、あの夜から2ヶ月。
新宿駅西口、ヨドバシカメラからスターバックスのあたりの23時は、イヴを前にして、酔客で溢れていた。真っ直ぐなんて歩けない。あちらこちらで店を出てからも路上で騒ぐ人たちが壁になる。彼女は、その中にいた。寒風の中、
ここだけは気温が4度ぐらい高いかも
彼女は前をふらふらと目の前を横切るベージュのトレンチコートの親父を避けながら、ため息まじりにそう思う。ここで部署の忘年会があった。西口の炉端居酒屋のかにしゃぶコース。12人の上司、同僚、後輩。そこにはもう部長はいない。たった2ヶ月前の出来事。でもあれからの毎日は彼女にとって、とても濃密な時間。

「ねえねえ、次どこか行こうよ。こいつらと離れてさ」
肩を叩いて小声で話しかけてきたのは、同期の香織。部署どころか会社中でも酒豪の代名詞として有名な香織は、彼女にとって頼れる友人だった。今日も、まるで夏の日にヴォルヴィックを飲むように、鼻歌交じりで、岩手の地酒を3合、4合と小気味良く開けていった。目鼻のスラッと通った典型的な熊本美人。一見、おっとりしてそうに見えて、芯がブレない。3年前、会社で彼女がセクハラ被害を受けたときがあった。このとき、その相手に対して毅然と抗議をしてくれたのが香織だった。コネ入社の相手に対してだ。
「女にしておくのはもったいないな」
そんな社長の軽口に
「私が男だったら、そういう陳腐なセリフはいいませんねえ」
とウィンクしながら切り返す。それが嫌味にならない。彼女はいつも思う。自分が香織みたいな女だったらな、と。

「カラオケ行こう! とか盛り上がっちゃってるんだけどー、なんかそういう気分じゃないんだよね」
香織も同じ気持ちだ。今は、同僚たちから離れていたい。
「たまにはどう? 2人でオシャレなところっていうのは。イヴ前に2人でガールズトーク…ま、ガールズって齢でもないけどさ」
自然に口元が緩む彼女。やっぱりいつだって香織は、楽しい。
「どこかいいところない?」
という香織に、彼女は無意識にあの場所を告げてしまった。そして少しの後悔。
「へぇ、麻布十番のシャンパンバー。よさそうね。ここからなら…大江戸線で1本だし。じゃ、早速…」
香織は言い終わらないうちに振り返ると、近くにいた国立大出のルーキーを捕まえ
「私たちとはぐれちゃいました、って言っておいてね。お礼はす・る・か・ら」
とまどっているルーキーを放置した香織は、彼女の手を握り地下鉄の入口へ急ぎ足。
「浜村部長に見つかるとやっかいだからね。チームワークを乱すヤツは! とかさ。カラオケがチームワークかっていうの。杉崎部長だったら私もノレるんだけどさ」
カラカラと笑いながら悪態をつく香織だが、その中に混じった名前に、彼女の左の胸のあたりが緊張した。杉崎…部長…

「いらっしゃいませー、あ! 今日、来てくれたんだー」
ドアを開けると軽やかな、しかし落ち着いたトーンの女性の声が迎え入れてくれた。この店の女性オーナー。OLをやめて独力でこの店を立ち上げたのは去年のこと。偶然、オープニングの日に通りかかり、引き寄せられるようにドアを開けた。この店の記念すべき最初の客が彼女だった。
私より4つも下だけどなあ、
と彼女は必ずここに来ると思う。夢を実現するのは大変だけど、実現できるかどうかはほんの些細なタイミングなのかもしれない。

結構飲んできちゃってるから、と言う彼女にオーナーは、まかせて、という表情で
「じゃあ、セックでいきましょう。丁度、いいーのが開いていますから。それからお好きなリンゴのコンポートもありますよ」
「セックって?」
普段、ビール→日本酒→焼酎→もっと強い何かで…朝まで、の香織には初めて耳にする単語だった。
「そうですね、簡単にいえば、やや甘口のシャンパーニュ、でしょうか」
「へぇー、甘めのシャンパンかあ。なんだかおもしろそう!」
香織は友だち作りの天才。もう放っておいてもオーナーの懐にとびこんでいる。オーナーもそれが心地良さそうに、グラスに「いいーのが開いている」といった『フィリポナ シュプリム・レゼルヴ・セック・ミレジメ 95』を注ぐ。
「うわー! これ美味しい! リンゴのコンポートともあうなあ。ケーキとかのデザートいらないなあ、これなら」

また新しいお酒を発見させてしまったか、そんな心の微笑みで彼女は少し気分がラクになった。このお店は今でも好きだ。でも、やはりどうしても思い出してしまう。麻布十番のシャンパンバー、その大きな窓から見える公園を視界に感じるたびに。
部長という、会社と社会での呼び方よりも、1人の人間として、杉崎さん、と呼びたくなったあの日。表参道のあと、2人はこの目の前の公園にいた。

次回へ続く
SH
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