シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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REPORT

「かわいらしさ」という心地良い罠

シャンパーニュ スティランと和食の夜

アンボネイと聞くと、シュワリスタ的に想像するのは卓越と芳醇のピノ・ノワール。今夜は、人生ある程度清濁もあって、山もどん底も知った男同士の会話に花を咲かせよう。芳醇の中にもピュアなフィネス。苦労話に涙を流し明日のチカラにしてみるか…なんてかっこうつけた場を想像したりもするが、かのグラン・クリュのピノ・ノワールには、日本語として間違っているかもしれないが「恐ろしいばかりのかわいらしさ」があった。

シャンパーニュ スティランのアイテムを、鮨 秋月とのコラボレーションで味わった。
幕開けは「ノン・ドゼ」。アロマは儚い。儚いと確かに感じたのに、喉を通ったあと、やわらかさとやさしさに包まれる。その余韻が長く続く。ある種のノン・ドゼが持つ、スピード感や爽快感あふれる酸ではなく、軽やかな小春日和のそよ風。やさしい酢の物が欲しいな、と思っていたところに、沖縄のもずくの酢の物。繊細ではなくゆるやかでおおらかな沖縄のもずくの食感も、このゆるやかなノン・ドゼとノンストップな組み合わせになる。さらに佐賀の牡蠣もあわせてみる。なるほど、日本の磯の恵みとの相性はかなり、いい。

メゾンの顔であるスタンダード・アイテムは「キュヴェ・シグネチャー」。やはり、きれいでかわいらしく、軽やかな甘み。ここにもかわいらしさの罠。20代の女性2人が休日の午後、テラスのカフェで…というイメージから、余韻にはしっかり「お酒」を感じられるオトナの男の表情も。下世話に度数で例えれば11%から14%?というレベルの変化。やわらかく、甘く煮付けられたきめこまかい「繊維」の蛸との相性は、最初は優しく、噛むとじゅわっと感じられる旨みとのハーモニー。

蟹と二杯酢のジュレとともにいただいた「ブラン・ド・ブラン」もまた、ファーストインプレッションは「かわいらしい」だ。酸よりも柑橘よりも、グラスからほのかに立ち上がるアロマは甘やかで、軽やか。口に含んだ瞬間に感じるのは「甘くないドゥミ・セック」と例えもおかしくなる、ブラン・ド・ブランドとしてはもしかしたら優しすぎるほどの感覚。30%というリザーブワインが酸を感じる速度をゆるやかにしてくれているのだろうか。スタイリッシュなスポーツカーで爽快にカントリーロードを飛ばす、のではなく、ミニのコンバーチブル、晩秋、それでもどこか明るい表情のリゾートの街を流している、そんな風景。例えば香港のスタンレーあたりで。

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「キュヴェ・ペルルノワール」から、かわいらしさは、その奥の深みを隠さずに見せ始める。アンボネイに加えブジーのピノ・ノワール。リザーブワインは40%。深いゴールドは爽やかなスモーク感とともに登場するが、すぐに深みへ。スモークした鰆との組み合わせは極上のアイラモルトの美しい水割りをあわせるのと同様の、いや、そこにスティランらしいかわいらしさがある分、シャンパーニュに限らずすべてのお酒を愛するような女性にとっては、おそらく現実に戻ってこれないような体験になるのではないだろうか。

アンボネイのピノ・ノワール100%の「ロゼ」。ここまでの流れでどこまで可憐な色のロゼが登場するのかと思えば、驚くほどダークカラー。マーケティング的にいってもどちらかといえば軽やかで鮮やかに輝くロゼ、ある種薄いサーモンピンクや桜の花びらをイメージするカラーが広がっている現状で、ジビエやラムの丸焼きのごとくワイルドな肉料理が合いそうなロゼが登場するという意外。「実は色はコントロールしているわけではなくて、その年その年のありのままなんです。マーケットは関係なく、これが私たちのつくったもの」とスティランのヴァレリーさん。なるほど、造りこんだ、というよりは自然な風合い。色は濃いが味が濃いのではなく、ピノ・ノワールの旨みが軽やかに染み出してくる。ワイルドさではなくむしろかわいらしさと愛しさを感じていると、大間の鮪の旨みとじわじわと絡み始める。甘くとろける時間の後に爽やかな余韻。鮨を1本で通すことは難しいのだけれど、通すなら、このロゼが、いい。

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ヴィンテージとして登場したのは2006。複雑なアロマが印象的だが、このあふれんばかりのアロマはすぐにグラスの中に溶け込み、その存在を隠す。奔放な恋という本音をその身の中に隠そうとする女性…、ここに来て、官能、倒錯というワードが、あくまでもかわいらしさの中ではあるが浮かんでは消える。舌に触れる柑橘の軽やかさと喉をとおっていく滑らかなハニー感も一瞬のドラマ。その余韻を楽しみながらグラスをテーブルに戻すと、少しだけ、センチメンタル。もしかしたら女性同士、大切な人とのポジティブな別れの場面。お互い、次のステージに…寂しいけれど、でも、笑顔の乾杯。次のヴィンテージの予定は08とのこと。08はどんな場面にふさわしいものになるのだろうか。

1969年設立と、シャンパーニュとしては決して古いメゾンではなく、日本での本格的なデビューもここ2年ということで、まだシュワリスタの中でも知名度は高くないだろう。しかし、アンボネイに対して、ステレオタイプな見方になりそうだったなにかを変え、また逆にかの地のもつ、エレガントさとふくよかさ、親しみやすさを、心地良い微笑みとともに、教えてくれる存在として、注目すべきシャンパーニュとなりそうだ。なにより、かわいらしい。そのかわいらしさの罠にはまる幸せに、酔う。クリュッグが欲しい王道の夜遊びの夜、男同士で仕事の疲れを癒すボランジェの夜、いやいやまずはこれでガツンと!のガティノワの18時、華やかな祝宴のテタンジェのバンケット…それぞれのシャンパーニュにそれぞれに相応しい時間と場所と仲間があって。その中で、あなたにとってスティランが似合うのは、きっと、軽やかなやさしさが欲しい場所。アルコールを求めるのではなくて、微笑が欲しい時間。傷ついていたり、疲れていたり。でも、ちょっとだけ心と体に元気を取り戻したい。美味しいものを少しずつ、そこにスティランがかわいらしく寄り添ってくれる。

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