シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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REPORT

厳しい環境だからこそ見えた
シャンパーニュの価値

国内はもとより全世界に及ぶパンデミックの影響で、ここ数年、シャンパーニュと日本の間での人の往来は皆無となっていた。リモートという形でのセッションや交流は行われ、それゆえのいくつかのインタビュー記事が新しいコミュニケーションとして成立していたのは幸いで、断絶するということではなかったけれど、シャンパーニュらしい、シャンパーニュが生み出す華やかさは遠ざかっていたような気がした。もちろん、今までも、このwebマガジンを立ちあげてからも、災害や経済の大きな出来事で、日本におけるシャンパーニュ市場や、シャンパーニュのある場が苦境に陥ったことは数度あったが、今回の日々はなにかより重苦しいものがあった。人と人の間の気持ちの分断も、それぞれの正義や思いやりがゆえのものだっただろう。だからこそ、幸せな気持ちを分かち合えるシャンパーニュこそ必要だったのだ。

2022年になって少しずつその場が戻りつつあり、入国制限の緩和など光明が見えてきたこのタイミングで、Comité Champagne(シャンパーニュ委員会)でアペラシオンの保護と価値向上を担当するディレクター、ガエル・エゴロフ氏がいち早く来日してくれたことは、それ自体が朗報だし、日本のシャンパーニュ業界全体としても明るいニュースだと感じた。今回の来日の目的は、シャンパーニュの現況のアップデート。4月13日に行われたプレスカンファレンスのいくつかのハイライトについてスライドを添付したので参照いただきたい。SHW_Report_2204_01まず、お伝えしたいのは、2021年の日本向けシャンパーニュの輸出量。2020年を28.1%上回る1381万本で、輸出額も3億5400万ユーロと、前年の2億7080万ユーロから増加している。19年から20年にかけて大きく落ち込んだ分はあるが、確実に「戻ってきた」といえるのではないか。これはフランス国内と輸出を合わせた2021年の全世界向けシャンパーニュ出荷量においても同様で、2020年を31%上回り、これは過去10年間を見ても最高で、パンデミック前の2019年を8%も上回っている。ちなみに日本は変わらず、シャンパーニュの輸出量において3位となっている。SHW_Report_2204_02

SHW_Report_2204_04 SHW_Report_2204_05それにしても「なぜ?」という疑問はあるだろう。日本に限らず夜の街の華やかさ、イベント、会食といったシャンパーニュがある場所は今、失われているはずなのだから。シャンパーニュ委員会のリサーチによれば、家庭をはじめ日常的な場でシャンパーニュを楽しむ、つまりは、家族と一緒に過ごせる時間の中で、友人や恋人と普通に会えるという幸せの中で、という価値が見直され、新たな発見として広がったことが要因。祝祭だけでなく、日々の生活でのささやかな幸せを、より豊かにしてくれる存在としてのシャンパーニュという需要が高まった結果だろう。これを支えたひとつがECなどの居ながらにして入手できるルートの充実という指摘もあった。これに付随して自ら選ぶためのシャンパーニュに対する知識、また信頼、気持ちに寄り添った情報などにもアクセスしやすくなったということも後押しになっていると思われる。この傾向は日本においても同様だとシュワリスタ・ラウンジとしても実感しているところだ。もちろん家庭や日常でのシャンパーニュが広がったことは大歓迎だが、一方で、従来の「外」、「シェア」、「イベント的」な場でのシャンパーニュが戻って、その両輪が整ってこそ、真に喜ばしいシャンパーニュを楽しむ文化が「数字」を伴って、日本でより花開いていくことになるのだろう。

SHW_Report_2204_03さて、日本に輸出されるカテゴリー別比率や業態別の数字を見ていくと、日本ならではの特徴的な傾向がみられる。まず、プレステージクラスの比率だ。これが31%と高く、アメリカの16%と比較してもその特異性がわかる。また日本向けの輸出の業態別では、RM(グローワーと書かれているところ)が385。これは全体の半分以上を占めていて大手メゾン中心のイギリス、アメリカ、オーストラリアなどと比較すると、驚くべき数字。10年ほど前になるが、会員を中心に日本におけるシャンパーニュラヴァ―の本音や傾向について大規模な意識調査を行ったが、その結果と発表された現状の数値、さらにその際の実感にかなり近い。その時もすでに、小規模生産者や中心地ではないエリアの生産者、グランクリュや既存のブランド名にこだわらず、いや、むしろそれこそを求める傾向があった。もちろんシュワリスタ・ラウンジにアクセスする皆さんは、ここでも両輪、つまり大手の凄みと小規模生産者の努力と熱意、プレステージの匠とヴィンテージの一期一会に対する定番ノンヴィンテージの価値、地酒的シャンパーニュの喜びを理解されたうえでの、探求心であり、多様性を求めていた。それが数字にも出た結果だろう。

一方で、気になるレポートもあった。まずロゼ。世界的なトレンドとして広がっていて米国が20%、英国が15%なのに対し、日本は9%。全体的な傾向としては納得できる。日本ではシャンパーニュは黄金色という認識が強いし、そもそも英仏米という国に比べてスティルワインにおいてもロゼ、特にドライなロゼと言うのは日本ではほぼ認知されていない状況だ。シャンパーニュサイトの編集長という立場に加え、酒にかかわるライターとして、シャンパーニュ以前に、スティルワインのロゼもなんとか日本のテーブルに広げたいと、様々な場で提案はしてきたが、なかなかハードルは高い。初夏になればワインバーで、テラスで、ロゼがある風景が当たり前の国々とはそもそものベースが違う。残念な数字だが、ロゼ・シャンパーニュの魅力を伝えることもまたシュワリスタ・ラウンジとして継続していきたいところだ(この件は後述する)。
もうひとつ、ドザージュが多めのシャンパーニュの比率が11%と多い点。これは世界の需要からすると突出しているのだが、どうも実感にない。どこで飲まれているのか、使われているのか。少なくともシャンパーニュを専門に扱う飲食店以外で甘めのシャンパーニュをリストしているところにはほとんど出会わないので需要がどこにあるのかわからない。これについてはみなさんの意見や実感をお聞きしたいところで、またシュワリスタ・ラウンジとしても現状は追いかけてみたい。SHW_Report_2204_06 SHW_Report_2204_07このようにシャンパーニュ委員会が発表した日本市場における傾向は、納得、発見、今後のリサーチ対象といろいろあっただが、ちょうど良いタイミングで、日本のシャンパーニュ愛好家の祭典のひとつ「マルシェ・ド・シャンパーニュ」が開催されていた(3月20日・恵比寿 主催:リヤン・ドール・ドゥ・シャンパーニュ)。2年ぶりとなるイベントに参加したインポーターは約30社、試飲できるシャンパーニュは150種以上。長らくイベントから離れていた人も多いだろうから、会場には祝祭のあまりの混乱もあるのかと思っていたが、それは杞憂。開催にこぎつけた主催者・運営サイドへの敬意と感謝があり、むしろ落ち着いた、良き対話の場ともなっていたように感じるイベントだった。

規模だけではなく、まさに、日本のシャンパーニュ好きのショウケースだったようにも思う。すでにインポーターの宝さがしは行きつくところまで行って、もう新しい発見はないのかとも思っていたのだが、いまだにまだ見ぬ生産者がラインアップされていた。従来のシャンパーニュのイメージを良い形で裏切る発見の一方、シャンパーニュの価値として疑問符が付くものもあり、良い意味の痛快な混乱と、悪い意味での混乱という両面はあったが、少なくとも日本に居ながらにしてそれを体感できるというのが素晴らしい。「エペルネの近くでムニエ100%を樽で熟成させる」(これは素晴らしい作品だった)というような造り手と、王道メゾンの王道な新作を同じような目線で楽しむ。これはワインや日本酒、クラフトビールをはじめ、ほかの酒についても同様であるのだけれど、日本の愛好家、市場の多様性はとてもユニークなものだと思うし、その場を与えてくれる熱意がインポーターや飲食店、小売店、こうしたイベントを開催してくれる人々にある。SHW_Report_2204_08シャンパーニュ委員会のエゴロフ氏からは、昨季、今季のシャンパーニュにおいて、霜による30%減産、さらにはべド病による30%の減産という深刻な状況も報告された。質の良い豊富なリザーブワインにより、ノンヴィンテージ・キュヴェにおいての影響は大きくないとのことではあるが、気候変動の長期的なフェーズに入ったとすれば楽観はできない。リザーブワインが価値を持ち、十分なストックを持つことができるメゾンに比して、小規模生産者においては、数量、品質に加えキャッシュフロー含めた、経済的、事業的な持続可能性への影響は大きいだろう。シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエという主要3品種に加え、何か新しい存在失くしては立ち行かなくなるのではないか。淘汰されるブドウ、グランクリュの変動も考えられるだろう。それは不安であり期待であり、やはり不安であり、それでも期待でもある。マルシェ・ド・シャンパーニュでは新しい価値と出会うことができた。その反面、価値と言えるのかどうか疑問に思えるアイテムもあった。今後、さらに「シャンパーニュらしさって何だろう」という問いは続くかもしれない。多様が良いことなのかどうかも判断はつかない。苦境をしのぐためのアイデアや創意工夫が短期的に見て「シャンパーニュらしさ」を失うかもしれないが、堂々巡りのように、では「シャンパーニュらしさって何だろう」と自問する。

それでもなお、シャンパーニュの不屈を信じて。厳しい社会情勢、例えばリーマンショックにより冷や水が浴びせられたあの年でも、シャンパーニュはシャンパーニュならではの輝きで我々を救った。厳しい環境と恵みの年。2002年の恵みの後には2003年のエクストリームな年があって、2004年にはフィネスの年としての価値があった。良年といわれる年には自然に感謝を、厳しいという年にはワインメイカーたちの英知と匠を味わう。今回のエゴロフ氏のレポートで、そしてマルシェ・ド・シャンパーニュで得た情報と実感。ハッピーもあれば、不安もあるけれど、大変な時期には、また新しい価値が生まれる。

シャンパーニュ | 特集「シュワリスタ的注目泡情報!! 胸を騒がせる泡は? メゾンは? シーンは?」

勝利の瞬間にも、雨に打たれ泣き濡れた日にも、そして今、日常での小さな非日常におけるシャンパーニュ。それぞれの国でそれぞれのシャンパーニュのスタイルと楽しみ方がある。日本ならではの傾向を踏まえて、その中でさらに豊かに広げていきたい。例えば前出のロゼ。そのプロモーションについては、スティルワインのロゼを楽しむというスタイルがない中、どうしても女性向け、桜の季節、軽め、などのイメージがリードされるが、シュワリスタ・ラウンジでは、角度をいろいろ変えて伝えてきた。

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ペリエジュエ ベルエポックにおいて当時の最高醸造責任者エルヴェ・デシャン氏が京都の紅葉を、パイパー・エドシックがロゼソバージュで夜の肉食を、ボランジェ・ロゼが「男のロゼ」を、メゾンマムが太陽のマルシェを、そしてベレシュをはじめとするノンドゼロゼの強さとしなやかさを、と言うように多彩で独自のロゼがあって、その楽しみ方がある。力強く握りこぶしで立ち上がるためのロゼ、二人の愛を誓う祝祭のロゼ。同じように、小規模生産者の、ドゥミ・セックの、ブリュット・ナチュールの、王道の、風変わりなワインメイキングの…、この春の2つのトピックス、エゴロフ氏の来日、マルシェ・ド・シャンパーニュで、改めて日本におけるシャンパーニュの楽しみ方を考えることができた。日本のシャンパーニュの世界は、いつの時代でも、多様を楽しむ人たちの世界。新しさも、変わらなさも、掘り下げることも、広げることもできるマルシェなのだと。

 

text: daiji iwase

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