白い丘の探究者と日本との懸け橋
ダミアン・ウーゴ
日本におけるシャンパーニュ文化、市場は僕が胸を張ることでもないのだが、ここ10年で世界の中でも稀有なものになっていると感じる。シャンパーニュの精神性を理解し、楽しさを存分に味わうことができ、そして匠や努力へも思いを馳せられる。だからシャンパーニュの生産者も日本に対して強い想いを持ってくれるともいえる。生産者と熱心なインポーターや関係者と我々シャンパーニュ好きの間にとても素敵な関係が築かれている実感がある。
最近のその象徴は「小規模生産者」。RMというワードについてはシュワリスタ・ラウンジが立ち上がった07年からすでにあったもので、以前から注目されていたものではあるが、小規模生産者というくくりはそれとは違う意味を持つように思う。それは規模感を表すのではなく、規模感を端的に示しながらもむしろムーブメントとして捉えたいワード。「小さい所帯ながらも強い探求心で今までにないなにかを生み出している生産者と、小さい所帯ながらもそれを熱心に日本で紹介するインポーターや関係者との結びつき」、それが「小規模生産者」のシャンパーニュ。
その象徴的なひとつが「ダミアン・ウーゴ」だろう。本拠地はエペルネ。主な畑はコート・デ・ブランのシュイィとクラマンという2つのグラン・クリュ。16世紀からはじまった彼の家のブドウ造りの歴史。父の代までは大手メゾンにそのブドウを売っていたが、1990年、ダミアン自身が自らメゾンを立ち上げた。2つの村の畑では、大手メゾンも垂涎のモンテギュー(シュイィ)、ブリケット(クラマン)を所有するなど、この地で根を張ってきた家だからこその強みを持ち、この点では大手に対するハンデはない。小規模とはいえ、いい畑、いい区画を持っているというのは彼のシャンパーニュ造りの自信にもつながっているだろうし、もしかしたらシャンパーニュ造りにおいてはプレッシャーでもあるのかもしれない。ただこれだけのグラン・クリュを持ちながら、彼の造るシャンパーニュからは、いわゆるコマーシャル的な野心は感じられない。変なプライドもない。素直で愚直で、でもちゃんと洗練と気品があるとてもアクセスしやすいシャンパーニュだ。
印象的だったのは2つのアイテム。ひとつめは「ブリュット ブラン・ド・ブラン」。シュワリスタのような愛好家には、彼のもつシュイィとクラマンのシャルドネの個性が堪能できる恰好の材料であり、一般的なシャンパーニュ好きには、すっと体にしみこんでいきながら気持ちを溌剌とさせてくれる楽しく美しいシャンパーニュであろう。ここではシュワリスタ向けに、なぜこれが格好の材料なのかを少し解説していきたい。
ダミアン・ウーゴはこの2つの村にフォーカスしているだけに、この地のシャルドネ、この地のキャラクターを熟知している。単にコート・デ・ブランとひとくくりにしてしまってはもったいない差異であり多彩がここにはあるのだから、それを感じながら楽しめるというのはうれしいものだ。この「ブリュット ブラン・ド・ブラン」はシュイィのシャルドネが70%、クラマンのシャルドネが30%、彼の解説は多岐にわたり、また、とても専門的なものなのでここでは簡単に紹介するが、シュイィは「アロマティック、レモン系の柑橘、厚み」というキーワードがあり、クラマンには「酸の強さ、グリーン系の柑橘、繊細さ」というキーワードがあるという。現在リリースされているものではリザーブワインは2015年が7割、2014年が3割使われているが、ミレジメという「その年だけの個性の表現」よりも、ノンヴィンテージという「メゾンの個性の表現」であるからこそ、彼の狙い、2つの個性の融合を感じることができる。最初の慎ましい柑橘から中間のゆったりした熟したニュアンスのボディ、余韻には鮮烈というよりも鮮やかさを優しく感じられる酸。優しく感じられるのは複雑さが要因だろう。2つの村の絶妙なバランス。それがおそらくその複雑さの理由。絶妙なバランスのためにはもちろん彼の信じる造り方がある。かの地の健やかなブドウ畑とセラーでストイックに向き合う彼に思いを馳せられる作品だと感じた。
もうひとつは「エキストラ・ブリュット ヴィエイユ・ヴィーニュ 2009」。シュイィ村のモンテギューにある樹齢80年の古樹を使用し、ステンレスタンクで発酵後、小樽で1年熟成。「生産本数3,000本のみ」とリリースには記されているが、逆によく3,000本も造ってくれたものだという感謝。アーモンドの香ばしさにハチミツの甘美、というフレイバーを溶け込ませ、美しい泉の水で割ったアルマニャックという錯覚。秋、冬の落ち着いた一人の夜、ゆったりとしているけれど最後は溌剌さをもらえる不思議な作品。おっと、シャンパーニュは分かち合う酒だった。ならばここは性別など気にせず古く長く付き合っていた異性の親友、その若いご子息やお嬢さんと一緒に楽しい夜のひととき。彼ら彼女たちに僕らの歩みの苦労や大変さではなく、楽しくキラキラしていた思い出話で喜んでもらいたい。ちょっとやり過ぎなシチュエーションだろうか。でもそんなピュアな妄想をさせてくれるのだ。
さて、ダミアン・ウーゴ、以前は日本への輸出を断り続けていたという。そこを熱心に説得してきたインポーター。商機という勝機が本当にあったのかは、今度また聞きたいところだが、現在、世界で類を見ないほど多彩なシャンパーニュにアクセスできる日本、それができるのは、多彩を担う素晴らしい造り手と、情熱をもって日本に広めようとするインポーターの情熱と尽力あってこそ。ダミアン・ウーゴをはじめ、こうした関係を持つ小規模生産者のシャンパーニュ。もう一度書くが、小規模生産者を判官びいき的に見る必要はない。彼らはちゃんとそれぞれの強みや創意を持っているのだから。
text: daiji iwase