シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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REPORT

繋ぎ、守り、進むリヴィング・レジェンド
~カロル・デュヴァル=ルロワの物語

今でも当たり前ではないのかもしれないけれど、女性たちの活躍は、シャンパーニュの今を支え、可能性を広げてくれている。考えてみれば当然のことで、特に日本においては、シュワリスタ・ラウンジの読者は7割が女性という調査結果もあったし、シャンパーニュバーやシャンパーニュのある風景を素敵に飾り、その精神性を理解し、存分に楽しまれている女性によって市場は支えられている感がある。シャンパーニュの現場においても、醸造家、セラーマスター、マーケティングなど部門を問わず、女性たちが要職に就き、ならではの味わいやプロモーションを展開している。

もちろん男性性、女性性ということでくくろうなどとは考えていない。男とか女とか、若いとか年齢を重ねているかとか関係なく、男勝りなんていう言葉も不要で、それぞれのキャラクターこそが重要。女性が造るシャンパーニュ、だからどうだ、ではなく、そのシャンパーニュを造っているのが女性というだけのことだ。

振り返ってみよう。「男性的」と言われる『ボランジェ』や歴史のエポックである「辛口(ドライ)」と言う方向に舵を切った『ポメリー』を飛躍的に拡大させ、その哲学の礎を築き、今につながる厳格で野心的な品質向上をはかったのはともに未亡人となったマダムだった。『ヴーヴ・クリコ』も同様だ。困難な時代、シャンパーニュが変わるタイミングに、偉大なるマダムたちがいた。見たかったと思う。感じたかったと思う。しかし、3人の偉大なマダムは歴史の教科書の中だ。それでも今もシャンパーニュには、夫の後を継ぎ、父の後を継ぎ、また新しい時代を見せてくれそうな女性たちがいる。中でも、『デュヴァル=ルロワ』を率いるカロルさんは、印象的なキャラクターとともに、教科書の中のマダムたちのドラマを私たちに、その人生の歩みで見せてくれる。この度出版された、メゾンのプレステージ・キュヴェと同名の『FEMME DE CHAMPAGNE』に綴られた幸せと困難、荒波と陽だまりを繰り返す彼女の人生。

初恋の人はデュヴァル=ルロワの5代目。紆余曲折あって1982年、彼との人生を歩むためにやってきたヴェルテュスという地。最愛の夫を仕事で、くらしで支え、3人の子供に恵まれ幸せに思えた10年は、突然終わりを告げる。舌癌による苦しい闘病を経て5代目は亡くなった。遺言ともいえる約束は彼女が後を継ぎ、6代目の息子たちに継承していくこと。「ベルギー人の女に任せられるのか?」。二重の冷淡な視線を受けながらも、夫とともに築き上げた従業員や関係者との信頼関係があった。何よりも彼女自身の決意は揺るがなかった。一人の女性としての夫への、子供たちへの母としての愛も、それを支えたものだった。「ヴェルテュスに骨をうずめる覚悟」。それは家族との約束の地を守るとともに、シャンパーニュメゾンとしてのデュヴァル=ルロワを守り、広げるという思い。

彼女は、まだ30代半ば。そこからメゾンの新たな物語が紡がれた。家族経営で培ってきた伝統を大切にしながら、マーケットを世界に拡大していく(その始まりの一歩である日本の様子、男性社会でありながら素晴らしい体験となった日本の女性たちとのつながりの話は本書において実に興味深いパートだ)。力強い前進のアイコンとなったのが、夫婦の間でひな型が造られ、育まれ、ついに彼女が世に送り出した作品『ファム・ド・シャンパーニュ』。それまでのメゾン伝統のプレステージ・シャンパーニュは『フルール・ド・シャンパーニュ』。花のシャンパーニュ。これに次ぐ5代目の遺志と彼女の意志。フルールと言う伝統に敬意を表し、Fから始まるワードを片っ端から調べて、結果、いきついたのが、ファム。つまり女性。

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この日、出版記念を兼ねての会で、ファム・ド・シャンパーニュを提供した彼女はこの作品を「まさに女性らしいエレガンスの表現」というが、この「女性らしさ」を味わった人はどう感じるだろうか。そう、女性らしさって一つじゃない。ファム・ド・シャンパーニュの女性らしさは、「カロルさん」という人物そのものに通じるように感じる。美しい芯の強さからふくよかな広がりを見せ、しっかり地に足が地に着いた落ち着きもある。母性としての強さ、厳しさ、大らかさ、愛情深さ。フィネスやボディ、テクスチャーと言う用語を用いて説明することもできるけれど、彼女が目の前にいて、この本をめくりながら味わっていると、そういう表現がふさわしくも思えてくる。「物語を味わう」のもまたシャンパーニュの魅力なのだから。

今、デュヴァル=ルロワは、実務や精神面おいて、91年当時にはまだ幼かった3人の息子たちが支えている。母として、女性としてのカロルさん、キャリアウーマンとして辣腕を振るうカロルさん。その両面は、息子たちとの絆、理解や愛情、そして彼らの才能からも影響を受けているのだろう。以前、長男のジュリアンさんにインタビューした際に、こんなことを言っていた。
「シャンパーニュは喜びの酒。もう一杯飲みたいな、そして幸せな気分だな、そんなところにデュヴァル=ルロワがあればうれしいです。日常でいい。私は母が造った料理が大好きです。彼女はとても料理上手ですがその中でも飾らない普段の料理もとても好きなんです。そこにシャンパーニュがある。それで幸せです」
まだ夫がいたとき、彼女は収穫に集まった人たちのために大量の食事をつくりながら収穫の監督をしていたという。その食事をたべ、ワインを飲み、大いに語り合う人たちとともにいることが幸せだったと本には書かれている。その経験をレシピにまとめ料理家として身を立てるということも視野にあったようだ。その料理とシャンパーニュのある時間こそ、責任感と、日常の幸せ、相反するようで、それこそが彼女が刻んできた日々。

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本書に綴られた様々な出来事とその心象。シャンパーニュメゾンとしてのデュヴァル=ルロワの歴史や裏側を知るテキストであるとともに、それを背景にして、一人の女性の波乱万丈のドラマが生き生きと描かれている。女性としてフルタイムの労働をすること、その重圧と度胸と決断の一方で、その時間を全力を埋め合わせるべく、子供たちの母として、ドレスや化粧を忘れない女性として、自分を持ち続けること。シャンパーニュメゾンの当主、著名人という外側をとってみれば、世の中の女性たちと同じ。個人的なことを書かせてもらえれば、私の母も同じように、夫のいない中、フルタイムで働き、母親として、また一人の女性として人生を懸命に生きていたのではないか。ファム・ド・シャンパーニュは、ただ「女性的」と称されるものではなく、懸命と全力で生きていく女性がいて、幸せな時ばかりではないけれど、でもやっぱり、その懸命と全力で育んだ、子供の笑顔の癒しの時と、一人の女性に戻れるドレスとジュエリーの華やかな時間があって。夫との愛に溢れた冒険は、わずか10年。でも、それは楽園だったと書かれている。その後の30年、決断に迷い、意固地になりチャンスを逃したこともあったと振り返る。それでも後悔はない。夫との約束と息子たちの成長。それを実現した強さと愛の深さ。だからこその煌めき。ファム・ド・シャンパーニュはカロル・デュヴァル=ルロワの物語。

最後の「謝辞」に書かれた一文を引用しよう。
~私の原動力となったジュリアン、シャルル、ルイに。彼らのために私は戦い、彼らのおかげで私は元気と喜び、微笑みを絶やさずに済んだ~
女性、リーダー、母親として。ファイトを燃やす明日のためにも、心の底から癒される今日のためにも、そして今度の週末、きらびやかな場所で輝く自分のためにも。デュヴァル=ルロワは、その「ためにも」を幸せにしてくれるメゾンなのだろう。

 

Text by Daiji Iwase

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