シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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SPECIAL

運命のシャンパーニュ

運命を変えた、というと大げさに聞こえるかもしれないけれど、でも、もしかしたらそのシャンパーニュは、本当に運命を変えたのかもしれない…。今、振り返ってみればそう思える出会いがありました。幸せなことに新しい出会いもたくさん得られる時代になりました。だからこそ、原点ともいえるシャンパーニュも大切にしていきたい。あのとき出会ったことを感謝しながら飲む時間が、いい。

 

micky's Selection

クリュッグ グランド・キュヴェ
KRUG GRAND CUVÉE

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20代半ばごろ、友達に頼まれて共通の知人のお店の周年パーティーの手伝いをしたことがありました。ミシュランガイドに掲載されている有名なレストランを貸し切り、レンタルのタキシードまで用意してくれて、しかもなぜかそのパーティーの受付を担当することに…。パーティーが始まる数時間前、会場の準備をしていると、ホストである知人が手伝うために集まったメンバー全員を会場の中庭に集め、協力してくれたことへの感謝のスピーチをし、そして全員で乾杯。

じつはそのパーティーに協力(?)していたのがKRUGで、乾杯はもちろん、ゲストに振る舞われるシャンパーニュもすべてKRUGでした。

そのパーティーの内装は知人の友人で某テレビ局の美術担当、演奏しているのもプロのオーケストラに所属している友人、それにあわせて踊っているのも友人でプロのバレリーナ…まわりは非日常的な素敵な人たちばかり…。そんな夢のような世界で初めて飲んだKRUG。一生忘れることない、貴重な瞬間に飲むことができました。シャンパーニュを飲むこと、その特別な時間を誰かと共有することの大切さを知り、そして人をもてなすこと(英語でいうとHost)の大切さを知ることができました。 いま考えても、あのパーティーもKRUGも、すべて夢だったのではないかと思っています。

クリュッグ公式サイト : https://www.krug.com/jp/champagne/krug-grande-cuvee
micky’s SHWA TALK : http://www.shwalista.jp/author/sh017/

 

モトダトモアキ's Selection

シャルル・エドシック ブリュット ミレジム 1995
Charles Heidsieck Brut Millésimé 1995

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1996年にヒルトン大阪に入社。バブル景気は崩壊したとはいえ,配属されたスカイラウンジのハウスシャンパンは成功者の証ドン・ペリニョン。まだまだバブリーではあったが、このころはまだ全くシャンパーニュに興味はなく芋焼酎を好んで飲んでいた。

2000年問題のころ、当時のホテル総支配人(モトダに飲食ビジネスのイロハを叩き込んでくれた強烈なスイス人)が、当時、好んで飲んでいたのがこのシャンパーニュだ!非常に仕事に厳しいことで有名な彼に何故だかとても気に入られていたモトダは、一緒に飲もうぜ!とお声掛けをいただき勤務中にも関わらず上司の冷たい目線を感じつつ、総支配人の横にちゃっかり座ってご相伴に預かった。

グラスの中は金色に輝く、妖艶な香りで、完熟林檎の蜜のような禁断の液体が満ちていた。
モトダは一瞬にして恋に落ちました。もちろん彼にではない。
人生初の熟成したシャンパーニュを味わった瞬間である。

シャンパーニュの覚醒。

May the CHAMPAGNE be with us!

つづく(嘘)

シャルル・エドシック公式サイト : http://charlesheidsieck.com/
シャルル・エドシック/日本リカー株式会社 : http://www.nlwine.com/winery/charlesheidsieck/
モトダトモアキ’s SHWA TALK : http://www.shwalista.jp/author/sh014/

 

編集長・岩瀬' Selection

セドリック・ブシャール ローズ・ド・ジャンヌ
Cedric Bouchard Roses de Jeanne

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1本、ということではなく、この生産者との出会い。これが、僕が「シュワリスタ・ラウンジ」を10年以上続けることになる原点のひとつになったし、シャンパーニュの多様性を広げていこうという一つの決意となった。その興奮は、08年、まだこのサイトを立ち上げたばかりのときの現地レポート。そのテキストにはちきれんばかりにパッケージされていて、これを読み返すたびに、いつだってその興奮が蘇ってくる。

「聖地を巡る」Vol.3「小さなこと。幸せなこと」
http://www.shwalista.jp/archive/monthly/running/080807/index.html

あのころ、俺たちだけが知っているシンデレラボーイは、今、この業界のトップスターになり、あのころはただ単に数量的に入手困難だったものが、今では、人気のあまりに手に入らないものになった。そこにはちょっとした誇りもある。たいした影響力ではないだろうけれど、それでもなお、このころからプッシュしてきた、大切にしてきた造り手が輝き続けていること。このシャンパーニュが好きということはもちろん、伝え手としての自信と確信といったものを与えてくれたという点で、僕の運命を変え、支えてくれた生産者なのだろう。

このテキストの中で、ひとつの思いを記したパートがある。このとき、彼が始めて手がけたピノ・ブランのシャンパーニュについてのくだりだ。

あまりにも少ない。果たして何人の口に入るのか。しかし、それでいい。ローズ・ド・ジャンヌは多くの人に出会って欲しいシャンパーニュではあるが、多くの人に供給するためにセドリックの目が届かないシャンパーニュを造って欲しくない。それがRMというものへの共通の想いでもある。

そしてこのテキスト、最後のブロックの19行に、今も変わらない、シュワリスタ・ラウンジを通じてみなさんに伝えたいことの原点が書かれているが、この思いをこの場で確信したことが、ローズ・ド・ジャンヌとの出会いを通じて得られた一番の収穫だったのだと思う。ぜひ、このアーカイヴもお読みいただければ。

久々に訪問の計画を楽しく練っています。シャンパーニュについての原点回帰とアップデートの象徴的な旅。また伝えられることもあるでしょう。お楽しみに。

Iwase’s SHWA TALK
http://www.shwalista.jp/author/sh002/

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